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平成18年8月21日更新!
明兆(1351〜1431)の字は吉山(きちざん)、号は破草鞋(はそうあい)です。南北朝から室町時代初期にかけて活躍した絵師で、淡路安国寺大道一以に従い東福寺に入り、同寺の画僧となりました。殿司(でんす)という仏殿のことを行う役職に就いたことから、兆殿司(ちょうでんす)と呼ばれ、東福寺、あるいはその末寺公用の絵画を多数描きました。東福寺の巨 幅、「仏涅槃図」などは有名です。宋元画に範をとる、力強い墨線による絵画が多く残っていま
す。明兆は東福寺の絵画制作の長としても優秀で、一之(いっ し)、赤脚子(せっきゃくし)などの弟子が育ちました。
なお、現在でも数多くの寺院で明兆筆の伝承を持つ絵画が伝わっています。これらは単なる伝承というより、今まで語り継がれてきた明兆のイメージを現在に伝えるものと考えても良いでしょう。左もそれら伝承作品の一つで、縦17.6pの小幅「白衣観音図」です。画面下には「明兆」(印章は右から読みます)の朱文壷印(コラム「印章の形式」参照)があります。面相なども細かに描かれ、波間を淡彩で処理する点など絵師の技量を見ることができます。 |