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平成18年10月16日更新!
日本最高峰の山である富士山(不二山などとも)は、「富士見
西行」など、古来より絵画に多く描かれたモチーフでした。ここでは「画題(2)禅宗以外の宗 派」の中で取り上げますが、もちろん禅宗内部でも富士山は愛さ
れ、 白隠慧鶴なども描いています。また、江戸時代の浮世絵師、葛飾北斎の「富嶽三十六景」などのように、「画題(3)非仏教系」に当てはまる作も多く
残されています。 富士山信仰は、木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)を主神とする富士山本宮浅間大社を核とします(現在も富士山八合目以上は一部を除き浅 間大社の所有地)。特に江戸時代に入ると、庶民も盛んに富士山に登るようになります。富士講も広まり、各地に富士山を擬した富士塚が築かれ、それらも絵画
化されました。しかし、明治まで女人禁制だった信仰の山、富士のイメージは、近代の観光化の流れとともに忘 れられがちになっています。
左図は、ジャーナリストであり評論家の徳富蘇峰(1863〜1957)の手によります。「米 翁頑蘇」と朱文方印(コラム「印章の形式」参照)が捺されてい ます。 |