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大應国師・南浦紹明(なんぽじょうみょう。1235-
1308)は、駿河に生まれ、鎌倉建長寺の蘭渓道隆(1213-78)らに師事しました。正元元年(1259)に中国に入り、諸師を歴参、虚堂智愚(コラム「虚堂智愚」参照)の法嗣となります。帰国後諸寺の住持を務め、多くの禅僧を育てました。その法嗣に宗峰妙超(1282-1338)らがおり、日本の臨済宗 諸派の法脈の源流となります。
国師の頂相には賛文が記されていますが、特にその上部が摩滅しており、判読が困難です。かなり以前よりこの状態であったようで、『正法山誌』などでも賛文が判じ難いことが記されています。禅僧の日記などの中に、絵画の賛文が書き留めらているケースもあることから、今後内容及び賛者が明らかになる可能性もあります。竹箆を持つ堂々とした国師の姿が描かれています。日本の絵仏師が舶載された頂相などを学びつつ描いた、初期の作と考えられます。 |