平成19年3月8日更新!

大燈国師 宗峰妙超
大燈国師・宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう。1282- 1337)は、播磨の国の人で、大應国師・南浦紹明(1235-1308)(コラ ム参照)の法嗣となります。京都の禅宗寺院、大徳寺の開山となり、花園法皇(1297-1348)の 帰依を受けました。国師は、法嗣の無相大師・関 山慧玄(1277-1360)(コラム参照)を花園法皇の師として推挙します。妙心寺では、国師が 亡くなった建武4年(1337)を開創の年と しています。大「應」国師、大「燈」国師、そして無相大師・「関」山慧玄と続く法脈を「應燈関」(おうとう かん。応灯関)と呼んでおり、現在の臨済宗の法脈も、全てここに繋がります。
左の画像も、禅宗の肖像画である頂相で、峻厳な風貌に示されています。賛は大燈国師自らにより、元徳2年(1330)に記されました。絵画の制作年代自体も、着賛年代から余り遡らないと思われます。国師が開創された大徳寺にも同じ図様(かたち)の像が伝わっており、大燈国師の形がある程度広まっていたことが窺えます。近世、そして現代に至るまで、基本的な図様は本図と同様です。形の規範性は、如来や菩薩、明王などのみならず、頂相などにも認められるのです。
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