牧牛窟老師は隠山系(いんざんけい)で、特に峻烈な棠林下(とうりんか)での宗風をもって接化された。孤危嶮峻であり極めて厳格であった。さらに、所謂「棠林下に寝忘れなし」と云って規矩厳重であった。僧堂では1年を雨安居(うあんご)、雪安居(せつあんご)と分ける。そして、制間(せいかん)中は朝と夜の参禅があり、制中(せいちゅう)には毎月1回、7日間の大攝心を設けて禅堂に詰めて坐禅修行し、1日4度の参禅入室があり、またその大攝心(おおぜっしん)の前後には、地取り(じどり)攝心、練り返し(ねりかえし)攝心があり、それこそ息つく間もない位に心身共に琢磨し鍛え抜かれるのである。特に12月1日から8日の暁天までの臘八大攝心(ろうはつおおぜっしん)は、食事と二便往来(にべんおうらい)以外は只管坐禅(しかんざぜん)行を要求され、夜半0時から午前3時までの間も坐睡が許されるのみで、柏布団(かしわぶとん)を敷いて横にもなれない。所謂「雲水の命取り」といわれる最も厳しい行である。 転錫(てんしゃく)して最初の臘八大攝心が終わっても、私の心は開けず何の所得もなく、われながら歯がゆくて仕方がない。それでも何とか埒(らち)を開けたい一心で一層気を引きしめ心を奮い起たせて骨折った。明くる年、1月15日から制末大攝心(せいまつおおぜっしん)に入った。攝心中日、私は本堂の縁で夜坐して公案を拈提(ねんてい)しておった。時間の経つのも知らず禅定(ぜんじょう)に入っていた。ゴーンと勤行を知らせる暁鐘(ぎょうしょう)の音を聞いてフッと吾にかえり、急いで帰堂し、皆と一緒に朝課(ちょうか)に出頭するも公案を拈提していた。そして粥座(しゅくざ)に着くも公案を拈提していた。粥座を終えて禅堂へ帰ろうとして本堂の縁から足をふみはずして持鉢(じはつ)を捧げ持ったまま、胡坐(あぐら)を組んだような恰好でドスンと土間に落ちて尻もちをついた。一瞬ムーッと叫んで立ち上がろうとしても立つことが出来ない。自分が自分でなくなって大きな石のように動かなくなった。前を歩いていた先輩の演さんが吃驚して駆け寄って「オイ!大丈夫か!」と抱き起こして呉れて漸く立つことが出来た。外は未だ暗闇であったが、先輩が自分となり、庭の松が自分となり、庭石が自分となり、今まで見ていた先輩も、松も石も平生と異なって見えた。佛のように輝いて見えた。
釈尊が菩提樹下で禅定に入られ、暁の明星を一見して忽然と大悟された時、「奇なるかな、奇なるかな、草木国土悉皆成佛(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)」と発せられた端的はこのことかと悟った。先輩に抱き起こされて漸く吾に返った私は禅堂で坐っていて、朝参の喚鐘(かんしょう)が出るのが待ち遠しかった。カーンと喚鐘が鳴るやサァーッと駆け出し、入室参禅した。老師の前で恭しく拝(はい)をし見解(けんげ)を呈すると「ウン、ヨーシ」と力強く了せられるや、次々と拶処(さっしょ)を出されたが、私は立ちどころに透過(とうか)した。その時の私の心境は、まさに手の舞い足の踏む所を知らずという大歓喜に震えていた。その時の心境を後に一偈す。投機ノ偈(とうきのげ)「吾元愚鈍 打坐徹宵 金鳳山下 透過一朝」 さて然し、その法悦も束の間で、老師から更に「難透(なんとう)の公案」を示されて、詰まってしまった。すると老師は「仏法の大海は漸く入れば漸く深しじゃ。小見小悟(しょうけんしょうご)を以て足れりとするな」と叱咤激励された。私は深く自省自戒し、一段と自己に鞭打って参禅弁道(さんぜんべんどう)に努めた。 

牧雨安居(うあんご)・・2月から7月までの期間 雪安居(せつあんご)・・8月から1月までの期間 制間(せいかん)・・修行の比較的緩やかな期間。雨安居は2月〜4月、雪安居は8月〜10月 制中(せいちゅう)・・修行の厳しい期間。雨安居は5月〜7月、雪安居は11月〜1月 大攝心(おおぜっしん)・・集中して坐禅と参禅に取り組む一週間の修行期間 地取り(じどり)・練り返し(ねりかえし)・・大摂心前後に行われる摂心 臘八大攝心(ろうはつおおぜっしん)・・一年の中で最も厳しい大攝心 二便往来(にべんおうらい)・・便所に行くことを許される休憩時間 只管坐禅(しかんざぜん)・・坐禅三昧 柏布団(かしわぶとん)・・禅堂で使う上下が一枚になったふとん 転錫(てんしゃく)・・修行の場を他の専門道場に移すこと 埒(らち)・・くぎり 制末大攝心(せいまつおおぜっしん)・・制中最後の大摂心。入制、半制、制末とある 禅定(ぜんじょう)・・身心の統一状態 暁鐘(ぎょうしょう)・・朝を知らせる大鐘。通常、夏は3時、冬は4時 朝課(ちょうか)・・朝の読経 粥座(しゅくざ)・・朝食のこと。通常はおかゆ 持鉢(じはつ)・・雲水の持参している食器 草木国土悉皆成佛(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)・・すべてのものに仏心・仏性が備わっている 喚鐘(かんしょう)・・参禅入室のこと 拝(はい)・・礼拝 見解(けんげ)・・与えられた公案に対する解答 拶処(さっしょ)・・様々な角度から公案の理解を点検するための禅的問題 透過(とうか)・・師家から与えられた公案を一つひとつ体得していくこと 投機ノ偈(とうきのげ)・・悟りの境涯を表現した詩 難透(なんとう)・・境涯が高く至りがたい 参禅弁道(さんぜんべんどう)・・師家に参禅し禅道修行すること 小見小悟(しょうけんしょうご)・・小さな見性、小さな悟り。無相の自己をチラッと垣間見た程度のこと |