浴室の湯加減を隠侍は、あらかじめ計ってから老師へ低頭して「ご開浴をどうぞ」と案内をし、老師が湯船に入って開浴されて暫く時を計って「湯加減はいかがですか」とたずねる。湯舟から出られるとすぐ「背中をお流ししましょう」と云って背中を流した後、按摩をするという風で、その時、その場に於いて気を配り綿密に行ぜねばならない。そして解定(かいちん)の1時間前からは毎晩のように1時間乃至2時間の按摩である。按摩をする時のご自分の修行時代に刻苦されたことのご垂誡はまた有難く謹聴した。敬山老師の修行と今の私の修行と比較して、まだまだたいしたものでないと痛感する。老師がきびしく隠侍を使い廻すのは、私の内なる我見我慢(がけんがまん)を叩いて断ぜんとする真の親切心からであると素直にうけとめた。 
また、時々老師は外庭へ出て、庭木の植え換えや、植樹や花の手入れ等隠侍に指示されたり、ご自分も一緒に作務をされる。ある時、下倉の横の椎(しい)の樹の大木の根を指さして「この樹の根本を見よ。椎の樹の太い根は、縦横に大地にしっかりと根を張り、眼には見えないが中根、小根が無尽に根を伸ばして大地の養分を摂取しておるから、この樹が枝葉を繁らせ風雪に堪えて何百年も生きておるのだ。修行も根本を養うことが大事だ。開山国師(かいさんこくし)も『その本を努めよ、誤って葉を摘み枝を尋ぬること勿れ』と遺誡(ゆいかい)されておる。根本に肥料をやって樹は太く大きく育つのだ。禅の肥料は坐禅であり、作務である。作務のない禅は足のない禅である。大地に根をおろした坐禅や作務の中に生きておるのだ。厳しい修行を経てこそ根本の禅定が練り養われるのだ。禅定力がつけば、仏性の珠は自ずから光を放って出る。逆境にあっても自己を見失ったりうろたえ騒ぐことはない。修行は只々骨折ることだ。骨惜しみするな」と、こんこんと説戒(せつかい)をうける。 
思えば、牧牛窟
敬山老師に初相見の時から骨折れ、骨折れと云われ続けて20年余り、現在は僧堂師家として修行の雲水の接化(せっけ)に骨折り続けている日々であるが、臥牛軒老師や牧牛窟老師の親切や骨折りには未だ及ばず誠に慚愧(ざんき)に堪えぬ次第である。 禅語に「自尿臭きを覚えず(じしくさきをおぼえず)」のことばがあります。それは自分が排泄した糞尿は、人には臭くて鼻つまみであろうが、自分は少しも臭くないという意味です。聴衆の皆様の御迷惑を省みず厚顔にも、とりとめのない私の修行時代の一端の話しを最後までご静聴下さいましてありがとう御座いました。

解定(かいちん)・・消灯 我見我慢(がけんがまん)・・驕り高ぶる心 開山国師(かいさんこくし)・・臨済宗妙心寺開山
関山慧玄禅師(1277〜1360)大徳寺開山 大燈国師 宗峰妙超禅師に嗣法 遺誡(ゆいかい)・・後人のために残された訓示 接化(せっけ)・・師家が雲水を親しく教化指導すること 慚愧(ざんき)・・恥じること
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