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東京禅センター第9回公開講座 NO.18

【『家』意識と『墓』の継承 】古橋エツ子
平成18年2月18日

はじめまして、花園大学の古橋です。レジュメ・資料にしたがってお話いたします。

1  はじめに―変わった事と変わっていない事―

家族と家意識を取り巻く問題の中で、変化して来た事と変わっていない事があります。この2つのお話をさせて頂きます。「〜家(け)」ということで変わっていないと思うものは結婚式です。今の法律では、結婚は家と家との縁組ではないのです。かつては家と家との縁組でした。もちろん、養子の場合も養子縁組と申しますが、結婚そのものが家と家との縁組です。ですから、女性の場合、自分の家から男性の家に入り、戸籍上も入籍という形を取りました。
でも、新しい法の下、男女の結婚では人と人とが結びつきます。法律上もそのように捉えられています。この大きな違いは、かつては家と家との縁組でしたから、縁が離れるので「離縁」という言い方となります。新しい結婚という形式では、婚が離れますので、「離婚」という言い方になります。ですから、この2つの言い方からも、家と家との結びつきから、結婚は法的には人と人の結びつきとなりました。家ではなく、個人の名前で披露宴があげられた初例は、私の知る限り、三十年ほど前に、明治神宮が実施したことです。しかし、今でも本人だけでなく、家と家との結びつきという側面も大事にされています。
その他、変わってきたこと言いますと、昔は家庭の中の問題には、法が入らないとされていました。特に親子関係、夫婦関係にいえます。今は、児童虐待、配偶者間の暴力などが問題となって法制化されており、この春(2006年4月1日)からは高齢者虐待防止法が施行されます。こうした問題の原因を見てみますと、家庭の中の親子関係、夫婦関係がもとで起こる例が多いようです。家庭の中というものは、非常に複雑な問題が起こり得る「場」でもあるのです。

2  男の値段と女の値段

家の中だけでなく、変わってきたことは、例えば、人間が何かアクシデント、事故があったとき、その保障をどうするのかという問題にも変化が見られることです。かつては、男女で差がありました。つまり、「男女の値段の差」が著しかったのです。1970年代以前では、女性は大体25歳くらいで結婚して専業主婦になるから、その後の収入は「0」と計算されていたのです。ですから、同じ年の男の子と女の子が交通事故に遭った時、非常に大きな差がありました。
それが裁判で争われるようになり、1974年に初めて主婦の家事労働を金銭で評価して計算しましょうということになりました。査定の基準となったのは、家政婦さんの賃金です。その後、1981年にパート労働者を除く、全女性労働者の平均賃金で算定することになりました。これで男女平等になったと私もその時は思ったのですが、しかし、男性の賃金を100とすると、女性のそれは55から60なのです。それではおかしいということになり、21世紀に入ったあたりから、特に東京高等裁判所が火蓋となり、全労働者の平均賃金で査定しましょうということになりました。少しずつ色々なことが変わり始めてきています。

3  同居神話の不思議

次に、レジュメ資料のスウェーデンとヨーロッパ諸国の高齢者というところをご覧下さい。いわゆる「同居神話」です。高齢者は子供の家族と一緒に暮らしていたら、何か問題があったときに子供たち家族に面倒を見てもらえるだろう、孫たちと接することにより、暖かな生活を送れるだろう、という考え方がヨーロッパにもあったのです。様々な福祉サービスを提供する国と、あまり整っていない国との間で、あまり福祉サービス制度が充実すると、高齢者は一人住まいしているから孤独を感じるのだ、という批判もデンマークやスウェーデンなどに対してありました。
この表から結論を言いますと、高齢者が様々な福祉サービスを受けている国の方が、高齢者の孤独率が低かったのです。大体5から9パーセントです。ところが、定期的に誰が世話をするかという欄を見ますと、スペイン、イタリア、ポルトガル、ギリシャでは同居の子供が世話をする割合が非常に高いにもかかわらず、孤独を感じる高齢者の割合も高いのです。この内容を見ますと、家族とのふれあいは同居しているので非常に高いです。しかし、25歳以下の若い人とのふれあいとなると、案外少ないのです。年金の側面から言いますと、受給額が少ないほど、子供との同居率が高くなります。
年金が低いから子供たちと同居するのか、同居しているから低い年金でも問題ないのか、また、福祉サービスが不十分だから子供と同居しているのか、同居しているから福祉サービスが不十分であっても問題ないのか、それは詳しくはわからない、と調査をしたスウェーデンでは分析しております。ただし、子供家族と同居していることによる「気兼ね」が高齢者の孤独感を高めているのではないか、と結論付けています。高齢者だけではなく若い人たちでも孤独に感じるような疎外感は、一人で居る時よりも複数の人達と一緒にいる時の方が強いのではないでしょうか。私たちが今まで思い込んできた「同居神話」などは、少しずつ考え直さないといけないと思います。

4  家族の定義と様々なカップル

ところで、家族の定義が実際にどのように変わってきたかと申しますと、1960年代までは辞書を見ましても、「家族は血縁者が夫を中心に営む家庭の構成員」という言い方がなされていました。まだ「夫を中心に」と、家父長制度が残っているような内容なのです。それが1970年代あたりから辞書の内容が、夫の代わりに「夫婦を中心に」と変わってきています。
家族の定義も辞書レベルで変化してきましたが、世界的に見ても、法律上の結婚だけでなく、「私たちはカップルよ」、「結婚しました」と言うのだけれど、戸籍だけは入れていないなどの「事実婚」の例、昔は内縁や同棲という言い方をしていたことがあります。今は「同性婚」という同性、つまり男同士、女同士の結婚もあります。日本ではあまり注目されていませんが、1989年にデンマークで男性同士が登録パートナーシップ法によりカップルであると法的に認められました。
ヨーロッパを中心とする他国でも法制化しているケースが多くなりました。ただし、スペインの場合は、実際に実施されようとした時、カトリック教会が猛反対しまして、良心的に不服従を呼びかけたり、一部の市長が受理しないと言ったりしたのですが、法務大臣などが収めたようです。スペインの場合は同時に、同性婚の場合でも養子を認める法律が成立しています。同性婚のカップルに養子縁組を初めて認めた国も、デンマークでした。
デンマークは、1989年の登録パートナーシップ法の10年後、1999年に同性のカップルでも養子縁組が出来るという法規定が定められました。色々議会でも紛糾し、登録パートナーシップ法を拡大して認めるのではなく、民法の養子縁組規定を改正するということで認められることになりました。その流れの中、スウェーデンも法制化が進んだのですが、実際にそういう養子縁組を行った同性カップルがあるかというと、まだのようです。このように、カップルのあり方もかなり変わってきています。
では、家族はどうかというと、「step family」と呼ばれる、離婚や再婚などで血の繋がりの無い家族の例が、アメリカで多くなってきています。また、「virtual family」と呼ばれる、血縁系関係に無い人々が形成する、つくりものの家族というスタイルも増えています。

5  夫婦と家族姓

次に夫婦と家族姓にうつります。これを挙げましたのは、以後のお墓の継承と関係があるからです。夫婦の姓は、日本ではどちらかの姓を選択することになっています。ところが約97パーセントは、男性の姓を女性が選択しています。ですから、苗字を変えるということが結婚をすることを意味するかのようです。結婚に関する「姓」の決め方については、同一姓、二重姓、別姓とあるのですが、先進諸国の中ではどうなっているかと申しますと、幾つかの選択肢の中から選ぶという形式を採っています。
例えば、スウェーデンやドイツでは、結婚したらどちらかの姓を名乗るという選択肢もがあります。それから、今までの姓である「出生姓」のままでもいいのです。この場合、夫婦別姓ですね。もう1つは、「家族姓」です。二人でこのようなファミリーネームを作ろう、というところまで認められています。さらに、「二重姓」はどの様なものであるかと言いますと、例えば私は「古橋エツ子」ですが、仮に「鈴木さん」と結婚した時、「古橋鈴木エツ子」というような言い方をする形のものです。それも可能です。日本では、家の苗字を残すことが難しくなり、あるいは、家の苗字をつけないことは、相続の点で様々な不都合もあります。
今度は子供の姓となるとどうなるかと申しますと、スウェーデンに興味深い「名前法」と言う法律があります。例えば、それぞれが子持ちで結婚するとします。またそのカップルの中で、新しい子供が生まれたとします。そしてこの三者が同じ小学校に入っている時には、必ず子供たちだけ、同じファミリーネームをつけましょう、という法律です。何故かというと、親たちは夫婦別姓でも、それは本人の意思だからかまわない、しかし、子供たちは幼稚園や小学校に行った時、「きょうだい」であることを示すことが必要となる場合が多くあります。その為、新しい同一の家族姓を彼らにつけるのです。ですから表札を見ると、両親が別姓で、子供たちが共通のファミリーネームで数人載っているという例もあります。
日本では夫婦別姓というと、離婚を前提としているのか、など見当違いの意見もありますが、色々な選択肢があった方が良いと思います。それぞれが一人っ子同士でしたら、別姓のままであれば、後ほどお話しするお墓を継承する問題など、色々な問題を解決していくのではないか、と思うからです。

6  若者の結婚観と家族観

では、若い人達の結婚観や家族観はどうなっているのかについてお話します。もう数年前になりますが、花園大学など幾つかの大学の生徒に、「家族観・結婚観」などを記述式で書いてもらいました。生徒の中には、父、母、弟、自分とそれぞれが別の場所で生活しているが、それでも私たちは家族であるという答えを書いた人もいました。結婚したら新しい家族が生まれるが、離婚したら自分ひとりでも家族といえるかどうかなど、の意見もありました。また、出来るならば気の合った人達と家族を作れないか、ということを書いた学生もいました。
次に、「もしあなたたちが結婚した時、家族のメンバーは誰か」を書いてもらいました。ここで男子学生と女子学生の意見が分かれました。女子学生は、「自分と夫と子供」、男子学生の四割ほどは、「自分の両親と自分、妻と子供」と答えました。逆に女子学生ではこの四割の男子学生の答えと同じ人はいませんでした。ただし、その男子学生は結婚後両親と同居するのかというと、別居を望んでいます。それにも関わらず、家族として自分の両親をメンバーとしているのです。
一方、約3割の女子学生は、結婚したら自分を産み育てた親やきょうだいは家族ではなくなるか、いやそうではないだろう、と書いています。彼女たちは自分たちだけではなく、夫側の親きょうだいも含めて家族を捉えたいと答えています。いわゆる「大家族」の構想ですね。男子学生の中には、一人としてその考えの人はいませんでした。女子学生の中には、結婚して家を「出る」という考えの人もいます。これは個人と個人の結びつきではなく、相手の家へ入るというイメージが強いのでしょう。逆に、男子学生は自分のところへ「来て貰う」という意識があります。それらは結婚した時に、女性が男性の姓を名乗るということも根底にあるのでしょう。
面白かったのは、ペットも家族に含める人がいたことです。最近は、ペットのお墓などもよく見かけますね。動物といえども、家族と同じぐらい結びつきを強く思っている人がいます。そうすると、家族のメンバーに誰が入るか、お墓の継承をどのように行うかなども、大分変化していくように思います。
扶養の捉え方も、男女で違いがありました。男子学生は、ある程度の年までは遊ぶけれども、いずれ家族を養わなければならないという答えが多く見受けられました。「被扶養者から扶養者になるのが結婚だ」という答えもあります。女子学生の中には、結婚すると扶養してもらえると明らかに思っている人もいます。男子学生は家族を扶養するので稼がなくては、というイメージを持ち、女子学生は結婚すると自分は養ってもらえる対象である、というイメージがまだあるようです。

7  家意識とお墓まいり

では次に、変化する家意識と「墓」の継承に入りたいと思います。お墓や仏壇に対する意識が、昨今変わってきています。散骨というのがありますね。特に若い人ほど肯定的に捉える傾向があります。亡くなった後の納骨方法については、遺族に任せるという人が36パーセント、墓地に埋葬して欲しいという人が33パーセントです。一方、墓地でないところに散骨して欲しい人は13パーセントと低かったのですが、年代別ではやはり若い人がこのように答える例が多いです。
しかしこういう例がありました。ハワイのワイキキビーチのきれいな砂浜に散骨して欲しいという方が増えているようで、実際散骨もされています。しかし散骨された方のネームプレートをはめ込む碑などもあるのです。これは、散骨するとはいうものの、亡くなった後、どこに存在しているのかを明らかにしたいという意識が、やはり働くからでしょうか。お墓について言いますと、墓碑は「〜家の墓」という形式が多いです。また、女性は結婚して姓を男性の姓に変えることが多いので、男性の姓の墓に入ることとなります。でも女性の場合、自分の実家の墓に入ることや、夫婦だけのお墓を立てたりすることを希望する方もいます。

表1-A 墓の継承者の有無
(複数回答不可)
解  答
%
決まった人がいる
51.2
期待する人がいるが、決まっていない
23.5
決まった人も期待する人もいない
10.6
お墓を継いでもらうことを期待しない
3.1
わからない
11.6
合  計
100
表1-B 表1-Aの内、決まっている人、
期待する人の内訳(複数回答不可)
解  答
%
長 男
70.3
長 女
13.3
配偶者
6.4
長男以外の男子
2.1
長女以外の女子
1
養子(婿養子を含む
0.5
兄弟姉妹
1.9
上記以外の親戚
2
親しい人(友人・知人)
0.1
その他
2.4
合  計
100

 

       表2 お墓に一緒に入りたい人(複数回答可)

解 答
男性回答者%
女性回答者%
配偶者
72.3
67.6
子ども
40.1
41.9
自分の両親
34.4
16.5
配偶者の両親
4.8
13.8
兄弟姉妹
4.6
2.7
それ以外の親戚
0.3
0.2
自分の先祖
30.4
21.6
親しい人(友人・仲間)
0.6
1
誰とはいるかこだわる必要はなない
5.2
5.7
自分一人
1.7
1.1
その他
0.6
0.5
分からない
8.6
6.2
合  計
100
100
※ 表1・2 星野智子「これからの家族とお墓」『家族のゆくえ』(三学出版 2004年4月)、148,164頁をもとに作成



資料の表2をご覧下さい。お墓に一緒に入りたい人としては、配偶者がやはり一番多いようです。ある面白いデータがございまして、あの世に行っても夫といたい人は34パーセント、妻と一緒にいたい人は78パーセント、このギャップは何でしょうね。図の中央、自分の先祖とあります。これが実家の墓に納骨を希望する方です。
次にお墓参りについてですが、最近減ってきたとは言うものの、お盆などに帰省してお参りする例は今でも盛んです。若い人のお墓参りに対する意識は変わっているのだろうかと思いまして、18から23歳までの方に聞いたら、全体の4割が父方、2割5分が母方、両方が3割、全く参らない方が5パーセントでした。
では、一体誰にお墓を継いでもらいたいかと言いますと、表1-Aをご覧下さい。決まっている人がいるという方が、51.2パーセントです。その表1-B、その内訳を見ますと、長男が70.3パーセント、長女が13.3パーセントです。やはり長男が最も多いです。このように、継承する人を決めておくとよいのですが、決めておかないと大きな問題が起こってきます。今のお墓参りの傾向は、核家族化や、高度経済成長以後のライフスタイルの変化などによる家族の変容の影響を受けています。場合によってはペットのお墓参りをするなど、自分にとって最も愛情を示すことのできる方のお墓を参る傾向もあります。

8  家族姓とお墓の継承

親しい対象ですから、お墓の内容も変わり始めています。姓とお墓の継承に関する課題が一つあります。憲法の下に民法が改正され、家父長制度などが廃止されたのですが、お墓、仏壇などの祭祀財産をどのように相続するのかについては、「わが国民の国民感情と伝統を考慮して」して相続財産とは別に規定されたという事情があります。相続財産は、現在、子供で均等ですね。その別に規定されて残っているのが祭祀財産です。逆にそれが問題を先延ばしにしています。
民法によると、一番優先されるのは、被相続人が指定した人です。指定した人がいなければ、慣習に従います。三番目、それでも決まらない時は、家庭裁判所が決定します。実際には、指定する例よりも、二番目の慣習に従う例が多いです。では誰が祭祀を継承するのかということについて、裁判で争うことになるのです。民法では、お墓と被相続人の姓が同じでなければならないという例が一応、ありません。しかし、結婚によって姓を改めた人が、離婚をして元々の姓に戻った時に、祭祀の権利を承継すべき人を改めて定めなければならないとあるのです。従って、苗字と祭祀財産は関係ないということは無く、色々な問題が起こるのです。

9  お墓の継承と慣習

慣習という面では、日本の沖縄の例をあげます。沖縄では、位牌(トートーメ)の相続について、男系の男子相続が原則でした。もし娘しかいない場合は、養子を迎えて承継、その場合でも父方の男兄弟の子を養子とするとされています。しかも慣習によって位牌の継承者は、その家の全財産を相続することになっていました。つまり、旧民法の祭祀継承と祭祀財産をあわせた家督相続と同様の内容が、慣習として続いていました。しかも女性が位牌を継承すると、たたりがあるなどと宗教的な規範がユタ(占い師)によって流布されたので、この慣習が続いたのです。今から25年前、この慣習に対する不服を家庭裁判所に訴えた例があります。家庭裁判所は、女性でも相続できる旨の審判を下しました。それ以来、女性でも位牌やお墓を継承できるようになったのです。
またお墓については、墓碑の文字そのものを書かないという例があります。ではどうするかというと、お墓に入る人が好きだった言葉であるとか、オブジェであるとか、ゴルフ好きの方でしたら、ゴルフスイングをしている像であるとか、色々な自分たちの気持ちを表したものを墓碑に託している場合が見受けられます。お墓に「〜の墓」と文字が無いため、今まで述べたお墓の名前の問題も関係なくなります。寺院でも、姓の異なる承継者でも認めるところが増えております。

10  おわりに―自分の生き方を再考―

これからの家族観も、結局は変えざるを得ないと思います。頭の中で考えている家族像と実際のギャップをどのように埋めていくのかが問題となっているからです。また、こうした問題をきっかけに、自分の生き方を再考するということに繋がると思います。
ところで、介護と宗教との関係の話をちょっと付け加えさせていただきます。介護サービスについては、日本はドイツの公的介護保険法をお手本にしているとされています。ドイツでは、6つの介護サービスを担う大きな団体があり、それが介護保険制度を担う団体であると位置づけられています。ですから、日本の福祉サービスと少々異なりますね。さて、その6つの団体の何が違うかと申しますと、サービスと宗教が関連するところが違うのです。6団体は、カトリック系、プロテスタント系などがあり、そのうちの一つは無宗教です。サービスを受ける側からすると、同じ宗教系の団体の方がサービスに来てくれた場合、宗教的土台が同じだから、日常生活の細かな面への気配りや会話などもスムーズだそうです。
最後にモダンな仏壇を紹介したいと思います。関西の仏具屋さんが、「供養は愛である」という言葉、“Kuyo is Love.”で、アメリカ・ニューヨークにギャラリーをオープンして、供養ステージでPRしています。カトリックでは、亡くなった人の写真を飾ります。ですから、仏壇というイメージよりも供養という側面を強く出し、家具調にして故人の写真を飾れる台をつけたものを展示しました。
また神戸の大震災の折、引っ越す際に、仏壇が破損してしまい小さいものに作り直される方も多くいらっしゃいます。供養そのもののあり方では、先ほど散骨といいながらネームプレートを残す例などのように、形として残すことがやはり求められています。しかし、その「形」という面では、自分たちの生き様や自分たちの希望なども含めて、結婚により姓を変えることの問題点などにも繋げながら、私たちはもう一度考え直し、自分の最後をきちっと自分で決めていく必要があると思います。

これで、お話を終わらせていただきます。長い間、ご静聴ありがとうございました。

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