東京禅センター 平成18年度第5回公開講座 NO.22

【 坐禅之捷径(ざぜんのはやみち)松竹 寛山
平成18年10月21日

■『坐禅之捷径(ざぜんのはやみち)』

 みなさん、こんにちは。今日は名著といわれている川尻宝岑著『坐禅之捷径』をご紹介いたします。現在、禅センターで「禅を読もう!」という輪読会をしています。実践的なものをということで花園大学の学長をされていた大森曹玄老師の『参禅入門』をテキストにしています。8月の第1回目に皆さんテキストを持ってこられなかったんですね。そこで、『参禅入門』の序で臨済系の指導書として紹介してあった、川尻宝岑著『坐禅之捷径』をコピーして2回ほどにわたって輪読しました。かなり現代風に訳してはあったのですが、読みづらいところもあるので、思い切って更にわかりやすく現代語に訳してみました。機会がありましたら下記の書物の原文に触れていただくと、明治の禅の雰囲気を味わえると思います。
 『大乗禅』 昭和46年10・11合併号特集版 1971 中央仏教社
 『坐禅のすすめ』 秋月龍民著作集15 1978 三一書房
 それでは、川尻宝岑居士の略歴です

天保13年(1842)江戸日本橋油町の亀甲(べっこう)問屋に生まれる
文久 2年(1862)心学参前舎の高橋好雪に入門
慶応 3年(1867)26歳の時、長徳寺(埼玉県芝村蕨)願翁和尚に参禅
明治 8年(1875)本郷湯島の麟祥院にて今北洪川老師に相見し参禅を続ける
明治20年(1887)洪川老師の室内を尽くし、印可を得る。「忘路庵」の庵号を授けられる
明治23年(1890)参前舎十世舎主に就任。各地に出張講演し、心学者としての名声は一世を風靡した。月々の摂心会で社中の参禅を受け、禅録を講じる
明治37年(1904)『坐禅之捷径』刊行
明治43年(1910)8月10日、箱根 塔ノ沢 福住楼で静養中突然の河津波に離れ座敷が押し流され、夫婦ともに坐禅したまま水定に入る。享年69歳

 心学参前舎の法系は以下のとおりです。
   今北洪川―川尻宝岑―早野柏蔭―小山止敬

■ 『坐禅之捷径』序

 川尻宝岑居士は私の古くからの道友である。居士は若くして埼玉・蕨 長徳寺の願翁老師について参禅を始めた。後に鎌倉 円覚寺の今北洪川老師に相見し大いに感ずるところあったようである。それ以来、東京から鎌倉の間を通参して十数年、寒暑といえども決して止めることなく、ついに禅の蘊奥を尽くされた。また、当時の禅豪 妙心僧堂の越渓老師、天龍僧堂の滴水老師、相国僧堂の独園老師などとも交流があり、親しくその感化を受けた。私も明治11年にはじめて居士と会ってから28年になるが、変わりなくお付き合いさせていただいている。
 最近、周りからの要望に応えて禅修行の方法を懇切丁寧に示した『坐禅之捷径』という著書を発表された。極めて平易でしかも非常に深遠である。信じて行ずるならば八万四千といわれる心の病はすっかり良くなることは間違いない。一般に宝岑居士は文学者、心学者であり雄弁家としての名声は広く知られているが、一方禅者としての忘路庵 川尻宝岑居士の素晴らしさも忘れてはならない。一言申し上げる次第である。
                                                   瑞鹿山円覚寺 洪嶽宗演 識

《目次》
1、坐禅の目的    2、坐禅の方向     3、坐禅の仕方
4、坐禅の心得    5、坐禅中の境界    6、坐禅の用心
7、工夫の用心    8、参禅の用心     10、坐禅の捷径

■ 緒 言

 最近、禅ブームということで老若男女問わず坐禅をする人が出てきたのは、まことにありがたいことである。しかし、その中で初志を遂げるものは少なく、途中でやめてしまう人が多い。せっかく師家(参禅を聞くことのできる禅の指導者)にめぐり合っても十中八九、一則の公案も通らないで飽きてやめてしまう。どうしてだろうか。そもそも禅門に入るのは悟りを求めて、ということであろう。しかし、悟りというものは智慧分別や文字で片付いてしまうものではない。考えて当てるものだと思って、しきりに考えるものの、それでは全く歯が立たないからやめてしまう。結局、それは最初の心構えが間違っているからなのだ。

 生死の大海を乗り越える仕事なのだから、そう簡単にいくものではない。これが考えて当てられるものなら、祖師方が10年、20年と坐禅に骨折られたのは、よほど智慧がなかったからだといわなければならないが、決してそんなことはない。よくよく信を起こして、深く志を固くして身も命も打ち込んで本気でかからなければならない。
 また、本気でかかって骨折ることの出来ない人がいる。これは、考えても仕方がないものを考えてばかりいるから、大変なだけで埒があかず、見通しも立たないのだ。この人たちは、信もあり志もあるのだが方向が誤っているのである。我々も、もともとこの病に長く苦しんだので、同じ病に悩んでいる人々の方針を指し示すために、この捷径の話をするのである。まだまだ未熟ではあるけれども、自ら経験してきたことである。いうとおりにやれば無駄な努力なしに早く悟れることは間違いのないことである。
 また、悟りを開けば何か変わったものになると思っている人もいるようであるが、そんなことはない。悟ったからといって身体から光が放たれるわけでもなく、身体が金色に輝くわけでもない。実は悟ってみると悟りらしいものは何もありはしないのだ。

  悟りとは悟らぬ前の悟りにて  悟りて見れば悟りけもなし

 法身国師の偈に「心法を了却すれば無一物、本と是れ真壁の平四郎」悟っても、ヤッパリもとの凡夫に変わりはない。それでは、あまり意味がない、この意味がないものが悟りなのだ。悟りに悟りがあるのではない。けれども悟る前と悟った後では明らかに違うので、あえて悟りという名前をつけるのである。終始、悟りについて話すので分かっている人にはしばらく我慢をお願いする次第である。
 また、これから話をする捷径はすべて在家の人のためにするのであって、僧侶の修行には一切関係がないことを一言付しておく。

 古人の歌に
  星ひとつ見つけし夜半の嬉しさは  月にもまさるこころこそすれ

 これが、最初に小さい悟り(省発)を得たときの心境である。私もこの嬉しさは覚えているのだが、その後何の変化もなく年数ばかりを重ねて来てしまった。禅宗の何たるかも未だに分からず、修行といってもお恥ずかしい未熟なものではある。しかしながら、初心者の修行の便宜を図るために、身の程もわきまえずにお話しをするのである。

  徳も無く愚なる身の及びなき  道こそ道のしるべするなれ

  明治37年初秋日
                                                          忘路庵主述

【 1 】 坐禅の目的(めあて)
 禅門に入り坐禅をするにあたって、まず第一は目的ということである。坐禅は自分の心を探求していく修行であるから、外に向かって目的を立てるというのもおかしなことであるのだが、とりあえず目的を立ててみる。一般に大学などでは専攻した学部や学科により、何を習得し卒業してからどのような仕事を選ぶか大体予測がつくものである。目的がハッキリしているからこそ、やる気も起きるのだが。しかし、それとは違って、坐禅の修行は先の見えない仕事である。悟ってどんなものになるのか、夢にも見たことのないものを想像して、目的を立てるということはとても無理なことである。しかし、全く目的がなければどのように取りかかればいいのか分からないので色々な目的、すなわち悟ってからの状態を想像してかかっているのである。以下、様々な人がつけた目的(考え方)を例示してみる。

1) まず、悟りが開けるとすぐに聖人神仏のような境涯が得られて、これまで知らなかったことが何もかもパッとわかって、偉い人になれるように思っている人がいる。しかし、大抵これらの人は悟ることは自分には無理だと思って、萎縮してしまい坐禅もせずにあきらめてしまうのである。
2) また、聖人神仏とまでは思わないけれども、悟りを開けば何でもわからない事はなくなり、自然科学などの理論に通じると思って、物理学などと混同している人もいる。これらの人は予め、自然の法則性を知っておかなければ悟りは得られないと思い、5年も10年も知識を詰め込み悩んだ末に、まだ坐禅には取り掛かれないと、結局一生手をつけずに終わってしまう。
3) また、やったからには悟れなければ格好が悪いという体裁にとらわれて坐禅に取り組めない人がいる。結局、ただ難しいという目的に抑えられているのである。
 これらは、坐禅に対する勝手な思い込みであって、俗に言う「盲人の垣のぞき」といった、一生涯門の中に入ることの出来ない人たちの考え方である。
4) また、悟りなどということは昔の上根の(素質の勝れた)人のすることで、末世下根の(素質のない)我々には到底無理なことだという考え方。ましてや公案工夫などは妄想・妄念を増して却って心を汚してしまう。坐禅は妄念を鎮めて空寂に入ることで、空になったところがすなわち仏である。日常は妄念でいっぱいなのは仕方がない。そこで、坐禅の時だけでも空になって仏に近づき、時々、仏教の教説や祖師の語録の講義でも聞いて少しづつ覚えていくのが、現代では最上の修行であると決めているのは、結局空になるのが目的である。こんな所へ腰をすえてしまったら、何年たっても本当の悟りを得ることは出来ない。古人も空を目的にすることに関して「湛湛たる黒暗の深坑、実に怖畏すべし」とか「黒山下の鬼家の活計」などと大きな目玉をむき出して小言を言われている。
5) また、線香を立てて坐禅させるのは仏の方便であり、あくまでも初心者の気を引いておくものである、という考え方。六祖慧能が「禅は心にあり、豈に坐にあらんや」といわれたのを受けて、日用万事が生きた禅であり、寝るも坐禅、起きるも坐禅、することなすこと皆坐禅であると、結局何の修行もせずに我見妄想の独りよがりで苦しんでいる。丁度、一つのおにぎりを口から食べて腹を通ってトイレに出す手間を、面倒だからと食べずに直接トイレに放り込むようなもので、ちっとも腹はふくれないのである。
6) また、学者の間では一種の学問とみなして、物理研究と同じように禅宗研究という目的で坐禅を始める人がある。これらの人は坐禅の布団の上を公案を考える所と思っている。傍から見れば坐禅をしているように見えるが、妄想を繰り出して、考えては入室し、分別しては参禅して、これが参禅弁道であると勘違いしている。たとえ、まぐれで言い当てたとしても、妄想の上塗りであるから到底悟ることは出来ないのだ。
7) また、我こそ悟りを開いているぞと偉ぶって世間に誇示し、他人に誇ることで尊ばれて、偉い人だといわれたい目的で妄想坐禅している人もいる。
8)

 また、一則の公案を答えて当てさえすれば、それが悟りだと思って公案ばかりに一生懸命になり、妄想をかいている人もある。
 

 この外、生死脱得だとか心源識得とか、本来無一物あるいは真如法性とか十人十色の目的があるとは思うが、これらのことは悟りさえすれば自ずからわかってくる事であって坐禅中の目的とするものではない。

 すべて、向こう側へ目的をつけていると、却ってそれがこだわりとなって心にふたをしてしまうことになる。志は一度立てたら無くなるものではないのだから四六時中思っているには及ばないのである。
 それでは本当の目的はどこに立てるかというと、目的を立てないのが本当の目的である。少しも向こうへ目的をつけず自分に向かって公案三昧に入る。これが目的なしの本当の目的というものである。この外に少しでも向こう側へ目的があったとしたら皆邪魔物である。
 坐禅工夫は世間の学問とは全く違ったものであることを肝に銘じて、単布団に坐ったならば、少しも外に心を散らすことなく、一則の公案を提撕して脇目もふらず一気に公案三昧になっていくのだ。これを「正念工夫、不断相続」という。

 六祖大師云く、「外、相を離るるを禅と為し、内、乱れざるを定と為す」。また曰く、「外、一切善悪の境界に於いて、心念起こらざるを名づけて坐と為し、内、自性を見て動ぜざるを名づけて禅と為す」

 以上が1、坐禅の目的 まででした。次回は 【2】坐禅の方向 【3】坐禅の仕方 【4】坐禅の心得 等に進んでいきます。本日は有難う御座いました。


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