東京禅センター 平成18年度正眼短大セミナー NO.23

【 心の原点 - 唯識学 - 】横山 紘一
平成18年7月30日


皆様こんにちは。横山と申します。唯識学というのは本当にやり始めたらきりがなく、面倒くさい学問です。今日はなるべく噛み砕いて解り易くお話していきたいと思います。

まず皆さん、眼を瞑って頂きたいと思います・・・それでは開けて下さい。横山が見えますね。誰が見たのでしょう?自分が見たのだと思うでしょう。本当に自分というのはあるのでしょうか?「自分という言葉に対応するものが有るか」。これが釈尊が抱いた最初の問いかけと言っても過言ではないでしょう。
そして我々は、自己究明や自己追及をすることなしに、まず眼をつむって開けたときに、自分があるという。そこに人間の根源的な迷いと出発点があると思います。

では、自分の手を見て下さい。自分の手はありますね。ではそれを見ている自分というのはどこにあるのでしょうか?
無いですね。つまり無我です。これが仏教なのですね。「無我になれ」ではなく「無我だ」という事なのです。つまり「事実を事実として知る」。これを我々は忘れて、深層の中に渦巻く自我執着心(末那識)が働き、その言葉尻として自分というものが作り出されてしまうのです。
そこで我々はどの様な方向性を持つべきかというと、己という言葉が表層心理に浮かんでこないような心の深層のありように変えていかねばならないのです。
難しく聞こえるかもしれませんが、そんなことはありません。「事実を事実として見てゆく」という事なのです。

禅とは禅那、意訳すると静慮(じょうりょ)、つまり静かに慮るという意味です。先程我々は「じぶん」というものを静かに慮って、その指し示すものを探したわけです。しかし見つからなかった、これが禅なのです。
さらに、心を落ち着けて、あるがままにものを見て行く行法というのが「ヨーガ」なのです。つまり、観察する心と言って間違いありません。静かに静かに観察する。
先程皆さんは「自分」という言葉を思い浮かべて静かに慮り、禅を行い、ヨーガを行うことで、「知」ではなく「智」を得たのです。
大切なことは心の中に全てを還元し、外界を遮断し、そこで静かに観察するという事なのです。
そして自分という言葉のみがあると考えて、言葉自体を否定するべきではありません。我々は言葉で狂い、言葉で迷うのですから、正しい言葉を繰り返し繰り返し語ることが大切なのです。

「いのち」というものを研究していますと、例えていうなら、鏡の中の映像、つまり鏡像を追求してゆくことではなく、それを映し出しているそのものの追求になってきます。
これが本当の追及心・研究心ではないかという事が分かり始めてきました。
「こころ」の実体はなかなか分かりません。なぜならば、「こころ」には色も形も無いからです。「こころ」は「自分」という言葉に対応するものではありません。その「自分」という言葉を浮かべている「こころ」になりきるという事なのです。まず「こころ」の存在に、気付いてゆくというのが、その出発ではないでしょうか。

では、少し学問的な話を始めたいと思います。
資料の唯識の八識という図をご覧下さい。紀元前、原始仏教から小乗仏教までは、上の表層心の六識説が中心でした。しかしこの般若の空の思想では虚無に陥る人が多いことから、紀元後大乗仏教になって、そこに末那識と阿頼耶識の二つを加えて作られたのが「ただ心しか存在しない」と説く唯識という思想であります。

まず、六識というのを簡単に説明します。上の五識、眼・耳・鼻・舌・身、という5つが現代でいうところの感覚に当たります。この五識の特色は受身だということです。これを縁起といいます。つまり、「目を開けた途端に見ざるを得ない」というような、他の力によって起こってくる感覚です。
阿頼耶識のことを一切種子識とも申しますが、私たちは誰でも、全ての現象を生み出す可能力である種子を持っているのです。その私たちの中にある阿頼耶識の存在を信じなければなりません。100人いれば100通りのそれぞれの宇宙を持っています。
最近私は年をとったせいか、何があっても、痛くても苦しくても、煩悩があっても、朝起きた瞬間に綺麗な心になっている。この存在を「有難う、有難う」と思える気持ちになってきました。今の自分が可愛くて仕方が無い。昔であれば嫌だ嫌だと言っていた自分のことを分析すると、心の中に浮かんだ贋の自分を自分、自分と思っていたのですね。つまり自分が作り出した妄念・妄想なんですね。これをもう一人の自分にスポットを当てて、主観と客観を一体化して行くことで受け入れることが出来る。妄念なら妄念の自分になりきってゆく。だから毎日が楽しくて楽しくてならないのです。そういった努力を阿頼耶識の段階から行ってゆくのです。
そのコツは「からーっ」とした気持ちで生きるという事であります。なかなかなれないですね。しかしなろうという発心を起こして、日々それに向かって精進努力してゆけばいずれは老師様のような「からーっ」とした心境に達することが出来るのではない所でしょうか。そしてその深層が他の人にも喜びを与えてゆくでしょう。

「自分の外にでたことはありますか?」そんなことは不可能ですね。我々は一人一宇宙であって、我々にエゴがある限り私たちは自分という牢獄に囚われた囚人なのです。その我々が「外」をいう事は不可能です。本当は「内と外」も、「時間も空間」もありません。それらは全て言葉で作り上げられた幻の世界です。ここを釈尊は「生死輪廻」してゆく世界と申されました。生まれ変わり、死に変わり、言葉に翻弄されてゆく世界は我々人間の世界です。これを戯論と申します。
仏教ほど言葉に拘ったインド哲学はありません。仏教は哲学と宗教と科学を兼ね備えた思想であります。仏教の思想は釈尊の時代から徹底的に科学的な目でもって事実を事実として認識し、更にそれを言葉でもって説明しようとしてきたのです。
そして最終的には宗教の目的である苦しみからの脱却を目指しているわけです。その苦しみの一番の本質は生まれ、老い、死んでいく、という事実、現象なのです。
釈尊がその苦しみを悟られたことで乗り越えられたという事、苦しみの無い「からーっ」とした世界に還られたという事を考えて欲しいと思います。

「いま・ここになりきる」事でしか我々は現在をつかむことが出来ません。過去は過ぎ去りました、未来は未だ来ていません。現在のこの瞬間を禅宗の世界では徹底してなりきってゆくわけです。

私は毎年桜を見るたびにこれが最後じゃないかと思っています。世界と気持ちを全て言葉でもって掬い上げてゆく。そして釈尊の言葉を信じ、心の内面に沈潜してゆく。縁起の法によって生かされているこの自分。その事に有難うという気持ちで毎日を過ごすことが大切ではないでしょうか。

さて、話が前後しますが、ここまでのお話は五識についてでした。次の6番目にあるのが「意識」です。言葉を用いて概念的に把握する働きを特に「意識」と言います。人間だけが持っている素晴らしい、けれども、難しい働きであります。そして忘れがちなのですが、五識と共に働いて感覚を鮮明にするという役割も持っています。
「クーラーの音・・・聞こえますね?」
私が「クーラーの音」と言ったから、皆さんの意識のスポットがそこに向いたわけです。そして初めてその音が聞こえ始める。これが、意識です。

どこに意識のスポットを当てるかによって、人生の意味が変わってきます。
一番大切なのはいま・ここにスポットを当ててゆくことです。
私が禅の世界に入ってゆく第一歩となったのが、鎌倉・円覚寺の居士林の坐禅会でした。最初は怖い思いで座っていましたが、その時にお坊さんが「坐禅は、ただボーっと坐るもんじゃないぞ!」と仰った。「地球の裏側のブラジルで線香の灰が落ちた音が、ガターッと聞こえるぐらいの気構えで坐れ」と。
この言葉には大変な感銘を受け、禅に対して頑張ろうという気持ちが芽生えました。

さて、次が自我意識です。我々はつい「俺が」とか「他人が」とか、分別を加えて周りの人を見てしまいます。人間は表層心理で認識されてくる世界を「自分が」「他人が」と限定してくる、その心を自我執着心=末那識と呼んでおります。深層に働き、常に自分と認識せざるを得ないこの心の説明はとても難しい。しかしこの心の存在があるから、全ての表層的な行為が全て自分に跳ね返ってくるという事を覚えておいて下さい。

「自分の子供だから可愛い」といった、自分中心の愛は無心の愛でもなんでもないですね。
ですから自分の全てを人のために費やすように決心をされ、菩提心を発して、日々の生活の中で、蝋燭の火の様に、光と暖かさを擲っていこうではないかと、私は自分に言い聞かせる意味でも、講演の最後にいつもこの話をさせていただいております。
そうすれば最後はすっきり爽やかな「からーっ」とした気持ちで、終われるのではないでしょうか。

最後に阿頼耶識です。これは一切種子識ともいいますが、一人一宇宙の全てのビッグバンを生み出す可能力を持っています。
しかし我々はほとんどが煩悩や汚れた種子ばかりになってしまいます。そこで、その深層心理を浄化してゆくための方法が、三輪清浄の無分別智という事。簡単にいうと、いま・ここに成りきって生きるという事です。心を浄化し、坐禅でも勉強でも掃除でもお題目でも構いません。「自分」と「他人」と「行為」の三つを分けることなく浄化してゆく、その無分別智の実践を通して汚れた種子がなくなっていきます。
それと平行して、我々は正しい言葉を学ばねばなりません。その無分別智と正聞薫習の二本立てで、心の本性をしっかり掴んで頂きたいと思います。

御静聴有難う御座いました。(拍手)


講演録目次へ

tokyo-zen-center. All rights reserved.