| 感 想 2008/5
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- 禅の論議に触れて(学んで?)61項を終わり、中国の禅者T に入りました。 無門関・臨済録・碧巌録等々多くの公案に触れながら禅語を理解し、我禅(私の禅)に役立てたいと思っております。
- 居つくこと、ついついとらわれてしまう。「金鎖の難、鉄鎖の難」のことを時々思い出したい。
- 『一日一禅』は一人で読んでも素通りしてしまいそうです。他の参加者の考えを聞くと参考になります。
- 動中・静中の工夫は両方大切なので、一瞬一瞬、禅定を意識して過ごそうと改めて思いました。
- 今日も人生のヒントがたくさんありました。
- 皆さんで色々な意見の交換ができるのは素晴らしいです。難しいはずの物が少しづつ分かってきます。
- 禅を学ぶことによって、どれ程、私たちの生活が固いものであるかを感じました。
- 『一日一禅』の輪読によって、日常生活での思い込み、固定観念を捨て心を開放することの大切さを知りました。
- 『一日一禅』は公案のダイジェスト集だと思います。一つの公案に雲水さんは何年もかかるというのに、それを一回にいくつもやるのはずいぶん贅沢だと思う。
- 特に参加された皆さんが自分の経験から話される意見が非常に参考になります。
- 今日やった「説似一物即不中」の「一物について何かいうと、もうすぐに外れる」はその通りだと思う。しかし、実生活では何か言わざるを得ない時が多々ある。人生は、この、「何か言ったら外れる」と「でも何か言う必要がある」の間を揺れて生きることかもしれない。
- 「戒」→「定」→「慧」のらせん階段を参加者全員で登りつめているような不思議な一体感がありました。
- 人生経験が豊富な方のお話を伺うと脳が刺激され大変贅沢な気分になれます。
- 私は還暦を3年前に無事卒業し現在遅まきながら坐禅等で自己探求再発見を楽しんでいます。
- 今回の講座タイトル“禅を読もう!”になんとなく引きつけられ禅の予備知識も無く参加しています。(毎週1回参禅していますが運心工夫が大切とのことで禅の知識を教理的に一部吸収を望み参加していますが??)
- 講座は毎回禅教材本“一日一禅”の数禅句を和尚さんと我ら参加者と一緒に読み解説・質問・意見等述べ“なるほど”“チンプンカンだ”“さっぱり心がよめない”なんぞ思いながら約2時間の一時を過ごしています。(大祖師さんの禅語は在家が1,2回ぐらいで簡単には理解できないのは当たり前・・・とのことですが理解の過程(努力)が大切だ、いつか光がみえる!!と自分に言い聞かせ、解らないながらも・この講座の参加を楽しみにしています)
- すでにこの講座も8回目、あいも変らず禅語はチンプンカンだ、しかし参加者(在家)との現実を踏まえた質問・意見が出ると“同感”“なるほど”と思う事多々あり、更に和尚さんの解説により物事の道理・真理・真実を観る見方を多少理解でき、また深みのある新しい知識の吸収がでる場で、楽しい時間を過しています。(私のチンプンカンの意見・質問に和尚さん及び参加者皆さんにご迷惑かと思いますがこれも禅問答とご理解いただいていると思っています。)
- この講座で得た知識をこれからの自分の生き方や悩み等の問題を解決する為の参考にし、また真実の自己の姿を見出せれば(難題ですが??)・・・と次回、次々回・・・の参加を楽しみにしています。
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| 感 想 2007/5
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- 何となく感覚的に感じていたことをコトバにすることで、禅に対する理解が深まりました。
- 経験を踏まえてのディスカッションから、ハッと気づかされることもあり、興味深く参加させて頂いています。
- 『天台小止観』もいよいよ本論に入り、次回以降が楽しみです。
- “坐れば坐るほど”わからない事が多くなります。進歩ですかね?
- 坐禅は数回しかやっていないのですが、坐禅のやり方や心構えなど大変具体的で勉強になります。
- 今思えば、坐禅を始める前にこんなに勉強していたら、始められなかったと思います。
- 『天台小止観』を一人で読むのは大変ですが、輪読すると理解しやすいです。
- 禅の古典に触れて、1500年も前にこの様な文章が書かれていたことに驚いています。
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