去る平成二十一年十月十七日に「科学と仏教の接点3(カオスの中の意識)」《花園大学・東京禅センター共催》が東京大学駒場キャンパスで開催されました。第三回目となる今回は脳の数理工学・カオス工学を専門とされている合原一幸先生(東京大学生産技術研究所教授)をお招きして、佐々木閑先生(花園大学・仏教学者)と共に講演、対談していただきました。
毎回仏教・科学と両分野において気づかされることの多い内容となっており、受講した皆様に大変好評を頂いております。以下に簡単にですが講演内容を掲載させて頂きます。
佐々木 閑 先生
まず最初に佐々木先生より初期仏教の特徴とカオス理論についてのお話がありました。仏教以前のインドの宗教哲学・キリスト教・イスラム教は「我」や絶対者の存在を想定していますが、釈迦の考える仏教(原始仏教)はこの「我」を徹底的に否定し、全ての物は要素と要素の組み合わせによるものであり、要素に「我」は存在しないと考えます。現実のものはまるで雲の集まりのような物であるとされ、また、他の宗教が想定する絶対者の存在を否定し、すべてのものは原因と結果の因果則によるもので機械論的にメカニカルに動き、そこで時間的変化の中で潜在エネルギーである「業」が蓄えられるとしました。
一方、現代科学の一分野である数理工学のカオス理論とは、我々が様々なある一つの実在物として存在していると思っていたものが、実は個々の要素の相互の力の加えあいによって全体としてのまとまりを持つようになっているのだということを数学により説明しています。
カオス理論において仏教の考える「業」は科学的に説明可能なのか、また小さな原因が大きな結果をもたらす「因縁」が科学的に証明されるのではないのか。カオスと仏教は人間の捉え方が非常に似ており、仏教は数式を用いないだけでカオスと方向性が近いというお話がありました。
合原 一幸 先生
次に合原先生より数理工学・カオス理論についてお話がありました。
合原先生の専門とされる数理工学(カオス理論を含む)とは、戦後の東大航空工学科廃止に伴い設立された工学・産業のための数学的研究で、現実の問題を数学的に表現、解決していく学問で、脳・遺伝子、癌など生命を対象とした学問の他にも、現実問題である経済現象(百年に一度の経済危機:貴重なデータ)新型インフルエンザなど様々な分野に応用が可能な学問です。前回藤田先生に説明いただいた脳認知科学も対象分野の一つで、コンピューターによる脳の数理モデルの研究もなされています。
脳科学者は生命である脳を研究対象とするとき意識というものを考えますが、そのとき意識以上に無意識が重要となってきます。発明によく見られることなのですが、今まで考えていたことと全く関係のない理論が突然思いつくということで、それは昔から数理科学者の間ではすでに気づかれていました。現代の脳科学者は一元論の立場をとり、脳を知ることと精神(心)を知ることを一緒に考えています。しかし、数学における発明のように意識以外に考えていること、無意識の影響は明らかにあり、脳科学は無意識に関しても考えることが必要であり、数学と脳科学はお互いの分野に熟知しなければならなくなってきています。
また、カオスを理解する上での基本概念は非線形(線形とは二つの変数の関係が直線で表せるもの)とされ、脳に限らず生命の世界で出てくるのは非線形であるので、仏教が扱う世界も共通しています。
前の情報が次の情報を決定する決定論も一番単純な二次関数で表され、単純な振る舞いをすると思われていましたが、実際には非常に複雑な振る舞いをすることがカオス理論で分かってきました。(仏教の考える因果の決定論も数式は使われませんが似ており、カオス理論によっても因果関係はわれわれの知る由も無い非常に複雑なものになるといえます。)合原先生の講義では様々な例を挙げカオスについて説明していただきました。
また、前半が終わり休憩の時間に合原先生の研究室に所属していた木本圭子さん(平成18年度(第10回)文化庁メディア芸術祭アート部門大賞受賞)による動画が上演されました。木本さんの動画はカオスを動画に取り入れると触覚を連想するようなものが表現できるそうで、実際の動画もカオス・フラクタル(日本語:めくるめく 非常にきらびやかに一つ一つの要素が輝き時間とともに変化していく)の言葉通り生命の躍動感があふれるものとなっておりました。
カオスと仏教の接点