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花園大学・東京禅センター共催 特別企画
科学と仏教の接点Z
「この世の真実とはなにか―量子論からみた世界の実像―」

講座レポート
2011.10.01

 


東京禅センターでは毎年2回「科学と仏教の接点」と題して講演会を開かせていただいております。第7回は平成23年10月1日(土)に東京都渋谷区の東京大学駒場キャンパスにて開催されました。思い起こせば前年は台風の影響による荒天となり、皆様にもお足元の悪い中足を運んでいただきましたが、今年は秋晴れに恵まれ、250席用意した会場が満席になる大盛況となりました。
今回より、新シリーズ「この世の真実とはなにか―量子論からみた世界の実像―」が始まります。今回は量子力学の第一人者である東京工業大学教授の細谷暁夫先生に量子論からみた不思議な世界の実例をいろいろ紹介していただきます。最新の実験結果によると、従来の量子論では説明のつかない現象も見つかってきているとのこと。私たちが暮らすこの世界の本当の姿とは何か、この重大問題を仏教の科学の両面から追求します。

佐々木 先生

科学と仏教の意義

まず最初に佐々木先生より科学と仏教の接点についてお話がありました。
講演は、まず最初に当講座の発案者であり、進行役であり、科学と仏教の接点がどこにあるかの語り部である、佐々木閑先生(花園大学教授)より科学と仏教の接点の意義についてお話がありました。
昨年の講演を聞きにいらしていただいたタイの寺院の日本人の修行僧、落合先生より、昨年の難しい宇宙論の話はよくわからなかったが、講演を通じて普段の修行で行っている瞑想と似たような体験をしたとのお言葉をいただいたとのこと。具体的には、日常慣れ親しんでいる自分の道理とはまったく違う価値観をポンと頭に入れることで、それまでの物の見方がまるで変わってしまう瞬間があり、それを昨年の講演でも体験したと説明されたそうです。自分の殻の中の世界観の外に、まったく違う世界観があり(しかもそれが仮定のものではなく絶対的な真実であるという世界観)、その中に身を置くことで、新しい物の見かたにジャンプすることが可能になるのであります。
佐々木先生は落合先生との話を通じて、100%解るような解りやすい講演が必ずしもいいものではなく、むしろわれわれの精神活動に刺激を与えるような講演がいいのではないかと自信を持ったとのことで、今回も量子論というすごい話を持ってきたと今回のテーマについてご紹介。場内が笑いに包まれる中、そのすごい話の語り手となる細谷先生がご紹介されました。 そして、最後に今日は物を落とせば下に落ちるといったような私達の日常の真理を越えて、ありえないんじゃないかというような現象が宇宙的な真理であるという量子論に存分に驚いていただきたいとのイントロダクションをいただき、いよいよ細谷先生の講演が始まりました。

細谷 先生

難しい量子論の話

引細谷先生の講演は、まずは朝永振一郎先生の名著「光子の裁判の話」の紹介から始まりました。そして、その話の舞台となるヤングの二重スリットの実験(光源からの光を平行な2つのスリットを通すと衝立上に干渉縞を生じること示した、光が波動であることを示す実験)を、部屋の照明をすべて落とし、暗闇となった部屋の中で緑色のレーザーポインターを使って行いました。光子の裁判とは、光子がどちらのスリットを通ったかどうかについて検事が立証を試み、それに対して判事が判決を下すという物語であります。朝永先生は結局判決を書かなかったそうですが、細谷先生の私見では光子は無罪になったんじゃないかなぁ…とのことです。
光子の裁判はプロの劇団によって劇化もされたそうで(先生よりユーストリームで「光子の裁判」を検索すると見ることができます。約40分の作品です、と紹介がありました)、先生が見たことのある人に挙手を求めると、本日の聴衆の中にも見たことのある方がいらっしゃいました。先生が感想を聞くと「ぜんぜん解らなかった」との正直な答えに場内大爆笑。すかさず佐々木先生が「脳に刺激を与えることが大事です」と返します。このあたりのやりとりが「科学と仏教の接点」ならではの面白さではないかと思います。
 講演はこの後、光子裁判のやり直し、因果律を放棄する量子力学の理論構築の方法について(事実が先にある→実験で検証してなんとか理論づけてとりあえず前に進む→再検討)、アインシュタイン他によるEPR論文(1935年)について、量子マニュアル(“コペンハーゲン解釈”について、量子力学の二重構造(粒子性と波動性)について、量子計算の話、と進んでいきました。

総括

最後に佐々木先生より、われわれの常識では受け入れられないような世界観を説明して受け入れさせようとご苦労くださった細谷先生にお礼の言葉が述べられました。
そして、本日も科学ばかりでしたが(笑)、それはこの話が仏教と結びつくことはわかりきっているからであるとことです。
われわれが見て聞いて感じている世界、われわれが頭の中で作り上げている概念の世界と現実の世界がいかに違っているか、そして「世界を見よ」といったブッダの言葉が何を見よといったのか、それは私たちが自分で作り上げた世界を見よと言ったのではなく、私達が乗っている土台となった世界の本質を見よと言っているのであり、今日のような話こそその最先端を行っているのであります。また、少なくともそういう世界があることを知っているかどうかに意味があるのです、と総括してくださいました。

「科学と仏教の接点」は、毎年春と秋の2回開催しております。一度この講座に足を運んで、世界の本質を見にきていただけましたら幸いです。

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